Kikuchi Associates

ユーラシア経済調査

アルメニアの基本 — 国勢データ、地域と産業、経済と通貨、教育と技術、統計

人口約310万人、首都エレバン。国の基本データから、エレバンの他にもアルメニア経済を支えている都市と州、経済の規模と構造、輸出入と為替、インフレ目標の金融政策、STEM 教育と IT・AI・フィンテックの動き、証券市場の現状などを、統計委員会・中央銀行・国際機関の情報からまとめる。

本カテゴリ「ユーラシア経済調査」では、中央アジアとコーカサス、とりわけカザフスタンとアルメニアに注目している。本稿はまずこれらの国々を理解する前提情報として、アルメニアの国土・人口・社会と近現代史、地域経済、マクロ経済の規模と構造、通貨と金融政策、教育と技術産業、金融・資本市場を概観し、あわせて主要な統計の所在を示す。数値はいずれも2026年10月13日に閲覧した公表資料に拠る。

アルメニアを継続的な観測の対象とする理由は、大きく二つある。第一に、この国には計算機と情報技術の長い蓄積がある。ソ連期の1956年にエレバンに設けられた計算機の研究所(エレバン計算機研究所、通称メルゲリャン研究所)は、1958年から1965年にかけて汎用計算機「ラズダン」の系列を開発しており(1)、アルメニアを「ソ連のシリコンバレー」と呼ぶ論者もいる(1)。第二に、アルメニアは人口300万人規模の小さな開放経済であり、域内の変動が統計に大きく現れやすい。IMFは2022〜2024年の高成長について、ロシアからの外貨・移住者・企業の流入に押し上げられたものと説明しており(2)、後述する再輸出の急増と縮小も貿易統計に明瞭に表れた。筆者は、周辺国の動向を読むうえでも、アルメニアの統計に注目しながら扱っていく。他方、同国の証券市場はまだ小さく、発達の途上にある。欧州復興開発銀行(EBRD)は、マクロ経済が安定し、法制度も市場の発展に適しているにもかかわらず、金融市場は未発達であり、あらゆる区分で深さ・流動性・多様性に乏しいと評価している(3)。

国土・人口・社会

アルメニア共和国(Republic of Armenia)の首都はエレバン、面積は29,743 km²である(4)。統計委員会は国境を、北はジョージア、東はアゼルバイジャン、西および南西はトルコ、南はイランと記載している(4)。ただし南西から南にかけての国境の一部は、アゼルバイジャンの飛び地であるナヒチェヴァン自治共和国に接する(5)。同国は内陸国であるうえ、トルコ・アゼルバイジャンとの国境が閉ざされているため、陸路による域外との往来はジョージアを要とする(3)。国土の最高点はアラガツ山(4,090 m)、最大の湖はセヴァン湖(湖面約1,278 km²)である(4)。

常住人口は2026年7月1日時点で310.39万人、うち都市部が約64%を占める(6)。この値は、2022年国勢調査の293.27万人(7)を起点に、出生・死亡と届出のあった移動を加減し、生活実態調査で補正した推計であり、1年未満の不在者を含む(6)。2022年国勢調査によれば、民族構成はアルメニア人が98.1%とほぼ全体を占め、ヤズィディが1.1%、ロシア人が0.5%、アッシリア人とクルド人がそれぞれ0.1%である。なお、ヤズィディとクルドは別個に集計されている(7)。

国家語(公用語)はアルメニア語であり(8)、その文字は405年にメスロプ・マシュトツが創案したとされる(9)。現代アルメニア語は、東アルメニア語と西アルメニア語の二つの方言群に大別される。東アルメニア語はアルメニア本国で話されるほか、ジョージア、ロシア、イランにも大きな話者共同体をもつ。西アルメニア語は歴史的にオスマン帝国で話されてきたもので、現在は中東、欧州、南北アメリカのディアスポラ(イスタンブール、ベイルート、アレッポなど)で用いられている。両者は正書法も異なり、本国ではソ連期の改革正書法が、西アルメニア語のディアスポラでは古典正書法が使われる(10)。

宗教については、2022年国勢調査でアルメニア使徒教会の信徒が約95%(279.3万人)を占め、無宗教は0.6%、無回答は1.7%であった(11)。憲法は同教会を「国民教会」と位置づけている(8)。アルメニア使徒教会は東方諸教会(Oriental Orthodox)に属し、カルケドン公会議(451年)を受け入れていない。この点で、ロシア正教会やギリシャ正教会などの東方正教会とは系統を異にする。アルメニアがキリスト教を国の宗教としたのは301年とされ、教会の中心はエレバン近郊のエチミアジンにある(12)。

政体は議院内閣制の共和制である。2015年に改正された憲法の下で、大統領と首相はいずれも国民議会が選出し、政府の活動は首相が指揮する(8)。独立は、1991年9月21日の国民投票で99%の賛成を得たのち、同月23日に議会が宣言した(13)。通貨ドラム(AMD)は1993年11月22日に導入され(14)、2015年1月2日にはユーラシア経済同盟(EAEU)に加盟している(15)。

近現代史の要点

現在のアルメニアを理解するうえで欠かせない出来事を、年代を追って確認しておく。1915年以降、オスマン帝国の下でアルメニア人が大量に殺害・追放された。2021年4月に米国大統領がこれを「ジェノサイド」と呼んだ際、トルコ外務省は強く反発しており、トルコはこの規定を受け入れていない(16)。

ソ連末期の1988年12月7日には、スピタク地震(M6.8)がレニナカン(現ギュムリ)、キロヴァカン(現ヴァナゾル)、スピタクを中心に、少なくとも2万5千人の死者を出した(17)。同じ年に始まったナゴルノ・カラバフをめぐる戦争は、1994年のビシュケク議定書による停戦で区切りを迎え、アルメニア側がカラバフとその周辺地域を掌握した(18)。アルメニアの独立は、この戦争のさなかの1991年のことである。

2020年に戦闘が再燃すると、44日間で約6,500人が死亡したのち、ロシアの仲介で停戦が成立し、周辺地域とカラバフの一部の支配はアゼルバイジャンに移った(18)。2023年9月19日にはアゼルバイジャンが軍事行動を開始し(18)、その後、多数のアルメニア人がカラバフからアルメニアへ移った。アルメニア政府が難民として登録した人数は115,388人(2024年12月18日時点)にのぼり、その4割がエレバンに住む(19)。これは2022年の人口の約4%に相当する。2025年8月にはアゼルバイジャンとの和平合意が仮署名され、トルコとの関係正常化も始まった(20)。2026年6月7日の国民議会選挙では、与党「市民契約」が得票率49.7%で多数を確保し、引き続き政権を担っている(21)。

地域経済 — エレバン以外の諸州・都市

行政区分は、10の州(マルズ)とエレバン市からなる(6)。エレバンには人口の37%(114.95万人)が集中し(6)、工業生産(粗生産額)でも2024年に全国の45.0%を占めた。もっとも、この比率は2021年の34.0%から短期間で大きく上昇したものであり、同じ期間にシュニク州の比率は22.2%から14.0%へ低下している(22)。地方には、それぞれ異なる産業によって経済を支える州と都市がある。表1に主要な州の都市人口と工業構成を示す。なお、比率は工業の粗生産額の構成であり、地域総生産ではない。

表1 主要な州の都市人口と工業構成

州(主な都市と人口)全国の工業生産に占める割合州内の工業構成と特記事項
シラク州(ギュムリ 11.40万人)4.1%製造業 90.9%。国内第2の都市ギュムリに、地域の IT 拠点であるギュムリ技術センターがある(23)
ロリ州(ヴァナゾル 7.77万人、アラヴェルディ 1.15万人)4.9%製造業 46.6%、鉱業 43.6%。第3の都市ヴァナゾルに、ヴァナゾル技術センターがある(24)
シュニク州(カパン 3.32万人、カジャラン 0.66万人、メグリ 0.38万人)14.0%鉱業 82.6%。エレバンに次ぐ工業州。南端のメグリにイランとの国境検問所がある(20)
コタイク州(アボヴャン 5.15万人、フラズダン 5.01万人)10.6%製造業 78.9%。フラズダンに大規模な AI データセンターが開所した
アララト州(マシス 2.37万人、アルタシャト 2.28万人)9.4%製造業 92.9%
アルマヴィル州(エチミアジン 4.89万人、メツァモール 0.96万人)5.5%製造業 65.6%、電力 30.5%。メツァモールに国内唯一の原子力発電所があり、発電量の29%を担う(2)。エチミアジンはアルメニア使徒教会の中心地である(12)
タヴシュ州(イジェヴァン 1.95万人、ディリジャン 1.61万人)1.3%ディリジャンに中央銀行の研修・研究センターがある(25)

出典:都市人口は2026年7月1日時点(6)。工業の比率は2024年(22)。

IT産業の集積はエレバンに偏っているものの、地方にも拠点が設けられている。German Economic Teamの報告は、エレバンのITパーク、メルゲリャン・ハブ、エンジニアリング・シティなどと並んで、ギュムリとヴァナゾルの技術センターを挙げる(23)。このうちヴァナゾル技術センターは、政府と世界銀行の支援を受けて企業インキュベーター財団(EIF)が設立したもので、ヴァナゾルを地域的・国際的なハイテク拠点とすることを目標に掲げている(24)。

マクロ経済の規模と構造

IMFの審査報告書の主要指標表によれば、2025年の名目GDPは約11.3兆ドラム(約293億ドル)、1人あたりGDPは約9,500ドルである。実質成長率は2022年に12.6%、2023年に8.3%、2024年に5.9%、2025年に7.2%と推移し、2025年の失業率は13.0%であった(20)。2025年の値は当局の速報値とIMFスタッフの推計を含み、改定されうる。IMFは、2022〜2024年の高成長をロシアからの流入に押し上げられたものとし、成長率は潜在成長率に向けて徐々に低下しつつあると説明する(2)。2025年の成長率はIMFの見込みを上回ったが、IMFはこれを国内需要の強さに支えられたものとしている(20)。

産業構造について、EBRDは2019〜2024年の成長を支えた分野として建設・宿泊・情報通信を挙げる一方、輸出は金属・鉱物を中心とする付加価値の低い品目に偏っていると指摘する(3)。鉱業は財政にも少なからぬ影響をもつ。2025年1〜9月の歳入は見込みをGDP比0.4%上回ったが、IMFはその要因として、高い成長に加え、ザンゲズールの銅鉱山からの配当の増加を挙げている。この配当は税ではなく、政府の税外収入である(2)。さらにIMFは、新たな大規模金鉱山の生産が2026〜27年の成長率を累計で約1.25ポイント押し上げると見込んでいる(2)。

貿易の品目構成を表2に示す。2022年から2024年にかけての最大の変化は、真珠・貴石・貴金属の比率の急上昇である。金額でみると、同品目の輸出は2022年の9.9億ドルから2024年の80.5億ドルへ、輸入は6.9億ドルから73.7億ドルへと増加した(26)。これは、2022年以降にロシアから輸入した金をアラブ首長国連邦へ再輸出する取引によるものである(27)。この品目を除くと、電気機器、鉱石、たばこ、酒類が輸出の上位を占める。

表2 輸出入の品目別構成(総額に占める割合)

品目輸出 2022年輸出 2024年輸入 2022年輸入 2024年
真珠・貴石・貴金属18.3%61.3%7.9%43.2%
鉱石17.0%7.0%0.0%0.1%
電気機器9.7%8.3%10.0%9.4%
たばこ6.4%3.3%1.0%0.8%
酒類・飲料6.7%3.1%0.8%0.7%
自動車・車両6.0%0.9%10.6%5.1%
機械類3.5%1.8%9.7%6.2%
燃料1.8%0.7%13.3%6.3%

出典:統計委員会『統計年鑑 2025』(26)。

その後、この再輸出は大きく縮小した。統計委員会によれば、2025年の輸出は約84億ドルで、前年から36.1%減少している(28)。輸出先の上位はロシア(約30億ドル、35.3%)、アラブ首長国連邦(約21億ドル、24.5%)、中国(約7.6億ドル、9.1%)であった(27)。IMFは、再輸出が2024年後半から大きく縮み、その後ほぼ消滅したと説明しており(2)、世界銀行の月報によれば、貴金属・宝石を除いた2025年の輸出は前年比8.9%の増加であった(29)。ただし、2025年もアラブ首長国連邦は輸出先の第2位にとどまっており、その品目の内訳は本稿では確認していない。

エネルギー面では、天然ガスの輸入の大部分がロシアとの長期・固定価格の契約に依存している(20)。EBRDは、内陸国であることと供給元が一つに偏っていることを、エネルギー安全保障上のリスクとして挙げる(3)。発電量に占める比率は原子力が29%、再生可能エネルギーが約30%であり、IMFは中期的に唯一の原子力発電所の更新が必要になると指摘している(2)。また、イランとの二国間貿易は2025年の貿易総額の4%未満にとどまるものの、南部メグリの国境検問所は、陸路による通過輸入の17%、通過輸出・再輸出の22%を担っていた(20)。

通貨・金融政策・為替

アルメニア中央銀行(Central Bank of Armenia)は、2006年1月1日からインフレ目標の枠組みを採用している(30)。目標は年率3%、許容幅は上下1ポイントで、従来の4%から引き下げられ、2025年1月から適用されている(2)。中央銀行は12四半期(3年)の視野で物価を目標に導くよう政策金利を定め、理事会は年8回の会合で金利を決定する。このうち4回の会合では、マクロ経済の見通しとシナリオ分析をまとめた金融政策プログラム(インフレ報告とも呼ばれる)が公表される(30)。直近では、2026年9月15日に政策金利が0.25ポイント引き上げられて6.75%となり、ロンバード・レポ(貸出ファシリティ)金利は8.25%、預金ファシリティ金利は5.25%とされた(31)。同月の消費者物価は前年同月比4.3%の上昇と許容幅の上限(4%)を上回り、なかでも食品・非アルコール飲料は6.2%上昇した(32)。

為替制度について、中央銀行は特定の為替相場や通貨量を目標としない柔軟な制度を採ると説明している(30)。IMFの分類では、制度上(de jure)は「自由変動相場」、実際の動き(de facto)に基づけば「安定化(stabilized)」であり、中央銀行は短期の過度な変動を平準化するために介入を行う(2)。IMFによれば、ドラムは2022〜23年の大規模な資本流入によって上昇し、その後も高い水準を保っている(2)。対ドルの年平均レートは、2022年が436ドラム、2023年が392ドラム、2024年が393ドラム、2025年が387ドラムであった。物価の差を考慮した実質実効為替レートは、2022年に17.3%、2023年に7.5%上昇したのち、2024年と2025年にはそれぞれ3.2%低下している(20)。IMFは、その後のドラムの安定を、2022年以降の例外的な要因が平常化に向かっていることの表れとみている。ここでいう例外的な要因とは、移住してきた外国人によるドラム需要と、ロシアとの貿易でドルに代えてルーブルやドラムを建値に用いる動き(ガス輸入の支払いを含む)である(2)。

預金に占める外貨建ての比率(ドル化率)は、2022年の43.4%から2025年の33.4%まで低下した(20)。この比率はドラムの対ドル相場によっても変動するが、預金の3分の1が依然として外貨建てであることは、政策金利の波及経路を考えるうえでの前提となる。なお、IMFのスタッフ報告(2026年5月作成)は、2026年の実質成長率を約5.3%、消費者物価上昇率(年平均)を約4.3%と予測している(20)。これは9月の利上げ以前の予測であり、前年同月比の月次の値とは別の指標である点に注意を要する。

財政と対外部門

財政と対外部門の主要な指標を表3に示す。

表3 財政・対外部門の主要指標(2025年)

項目値
中央政府債務(総額)GDP比 47.3%
中央政府の財政収支GDP比 −3.7%
経常収支GDP比 −7.2%
外貨準備(総額)約51億ドル(翌年の輸入見込みの3.7か月分)
対外債務(総額)GDP比 57.7%

出典:IMFの審査報告書の主要指標表(20)。推計値を含み、改定されうる。

IMFは2025年12月1日にスタンドバイ取極(SBA)を承認したが、当局はこれを予防的なもの、すなわち必要が生じない限り引き出さない備えとして扱っている(20)。

教育と人材

2022年国勢調査によれば、15歳以上の常住人口のうち24.9%が高等教育を、19.0%が中等専門教育を修了している。もっとも、高等教育修了者の比率は都市部の31.3%に対し、農村部では13.1%にとどまり、地域間の差は大きい(33)。2024/25年度の高等教育機関(学士課程)は50校、在籍者は7.64万人で、うち2.50万人は通信課程である。同年度の入学者18,225人のうち情報通信技術(ICT)分野は1,850人と約1割を占め、2020/21年度の1,342人から増加した(33)。

初等・中等段階の取り組みとしては、2011年に公立学校の2〜4年生でチェスが必修科目とされたことが知られており、アルメニアのチェス連盟はこれを世界で初めての試みとしている(34)。課外のSTEM教育も厚い。先端技術企業連合(UATE)の「Armath」は2011年から10〜18歳に無料で工学教育を提供しており、2023年時点で国内外に641の拠点をもち、延べ約1万7,200人が学んだ。10代向けにデザインと技術を無料で教えるTUMOクリエイティブ・テクノロジー・センターもある(35)。

技術産業 — IT、ディープテック、フィンテック

IT産業の規模について、German Economic Teamの報告(2025年11月)は、税務当局のデータに基づく独自の推計を示している。同報告の定義では、IT部門は通信を除き、コンピュータの製造などを含む。この推計によれば、IT部門が粗付加価値に占める割合は2021年の3.5%から、2022年に6.5%、2023年に8.0%、2024年に8.3%へと上昇した。雇用者(個人事業主を除く)は約3万6千人と2021年のほぼ倍になったが、2023年以降は横ばいである(23)。ITの輸出も同じ推計で5億ドルから20億ドルに増えたものの、2024年は前年並みにとどまった。なお、この推計値は国際収支統計の公式値(2024年に約11.8億ドル)の約1.7倍にあたる(23)。同報告は、2022〜23年の伸びをロシアからのIT技術者の流入と結びつけるとともに、業界がほぼ受託開発で成り立っていることを指摘し、製品開発への移行が持続的な成長の前提になるとしている(23)。日本との関係では、国際協力機構(JICA)が主催して、日本企業とアルメニアのハイテク企業の協業を促すプラットフォームを設けている(36)。

ディープテックの分野では、2025年6月にAIクラウド企業Firebirdとアルメニア政府が、NVIDIAの支援を受けた5億ドル規模の官民連携によるAIインフラ構想を発表した(37)。そのデータセンターは2026年8月にフラズダンで開所したと報じられており、報道によれば当初の容量は100MW超、2027年末までに300MW、7万基を超えるGPUを備える計画である(38)。IMFは審査報告書のリスク評価表において、AIの普及が急速に進む場合を、基本シナリオを上回りうる事象として挙げている。そこでは、IT部門に人材と投資を集めて地域のAI拠点を目指すアルメニアはその恩恵を受けうるとされ、対応策として、IT部門の需要も賄える安定した電力の確保が示されている。発生可能性は「中」(IMFの定義で10〜30%)である。同じ表は、AIへの期待が急に修正されて市場が調整する場合を、発生可能性「高」(30〜50%)の事象として挙げている(20)。

以上を踏まえ、筆者は、IT産業には国内の付加価値と雇用に占める比重は今後数年でなお高まる余地があるとみている。これは産業の規模についての見方であって、特定の企業や市場で取引される資産についての見通しではない。その根拠は、ICTを学ぶ学生の増加、首都の外で始まった計算基盤への大規模な投資、そして教育と産業の双方における長い蓄積にある。ただし、反対の材料もある。付加価値比率の上昇の大半は2022〜23年に生じたものであり、2024年には雇用も輸出も横ばいであった。受託中心の構造から一段上がれるかどうか、そして電力を確保できるかどうかが、この見方の成否を左右する条件となる。

フィンテックについては、制度の整備が進んでいる。2025年7月に暗号資産法が成立し、2026年1月下旬には暗号資産サービス事業者に対する許可・資本・法令遵守の要件が導入された。法の成立以前から事業を行っていた企業は、2027年1月31日までに中央銀行の許可を得る必要がある。中央銀行はステーブルコインの規則も起草している(20)。

金融・資本市場

アルメニアの金融は銀行を中心とする。金融システムの資産は2023年にGDP比115%であり、その84%を銀行が占めた(3)。証券取引所としてはアルメニア証券取引所(AMX)があり、2022年にワルシャワ証券取引所(GPW)が中央銀行からその株式の65.03%を取得した。取引は同年12月27日に完了している(39)。取引時点の発表によれば、中央銀行は25.02%を引き続き保有し、残りはAMXの自己株式とされた。また、AMXは中央預託機関(Central Depository of Armenia)の全株式を保有する(40)。

市場の規模は小さい。AMXの発表によれば、2026年9月の株式の時価総額は約3,524億ドラムであり、時点の異なる値どうしの目安ではあるが、2025年の名目GDPの約3%にあたる。同月末に上場していた社債は224本であった(41)。市場の整備に向けて、中央銀行は翌日物レポの集中取引の場を設け、2025年10月にはアルメニア法を準拠法とするデリバティブ取引の基本契約書を公表した。財務省は短期国債の入札を定期化し、利回り曲線の形成を進めているが、レポ取引の場の取引量はなお少ない(20)。EBRDは、自国通貨の利用と資金・資本市場の発展について中央銀行との政策対話を進める方針を示し、2025〜2030年の重点に資金・資本市場の発展支援を位置づけている(3)。

統計資料の所在と利用上の注意

本系列で用いる主要な統計と資料の所在を表4にまとめる。

表4 主要な統計と資料の所在

対象公表機関頻度と注意点
物価・GDP・貿易・雇用・人口・地域統計委員会(Armstat, armstat.am。新サイト armstat.gov.am も公開)消費者物価は月次(翌月上旬)、GDP は四半期。州別・都市別の数値は年鑑と人口統計に収録。GDP は SNA 2008 で作成され(2015年から。2012〜14年の値も遡及改定済み)、1990〜2011年の SNA 1993 による値とは接続しない(42)
金融政策・為替中央銀行(cba.am)政策金利の決定は年8回。決定ごとに発表文が出され、総裁が会見する(30)
財政・国債財務省(minfin.am)予算の執行、国債の入札
国全体の評価IMF(4条協議・SBA 審査報告書)、EBRD(国別戦略)年に数回。主要指標表には改定後の過去の値と予測が並ぶ
日々の動き国営通信 Armenpress、ARKA などの報道。日本語では JETRO のビジネス短信統計委員会・中央銀行の発表を伝える記事は、原典と数値を照合する

本稿は、英語で公表された資料とそれを伝える英語の報道に拠っており、アルメニア語のみで公表される資料は扱っていない。

これらの数値を読む際には、少なくとも三つの点に留意する必要がある。まず、貿易統計には再輸出が含まれる。2022〜2024年の膨張と2025年の縮小の大部分は再輸出の増減であり、国内で生産された財の輸出とは区別して読まねばならない。ただし、再輸出も商業や物流を通じて成長率に一部影響する。次に、数値は改定される。IMFの表の過去の値も統計委員会の改定に応じて変わるため、本系列では数値に閲覧日を付す。最後に、株式の時価総額は相場とともに変動する。本稿では市場規模の目安として一時点の値を示したにすぎない。

参考文献

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